***百合注意
                




























「では、いってきますね、赤樺さま」
「ああ」

 ぶっきらぼうな返事を気にも留めず、目の前にいる黒髪長髪の女性は、頭に生えているネコ耳をぱたぱたと動かした。

「ごきげんだな」

 軽く微笑んで、靴を履いている彼女の背中に言う。

「いやぁ、赤樺さまがお見送りなんて、珍しいなと思いまして。きっと明日は、雪のち雷のちの地球崩壊ですね」
「崩壊させるな。というか、見送りぐらい私だってする」
「そうですかぁ」

 わざとらしく語尾を伸ばす。耳はぴこぴこ、顔はニヤニヤと腹立たしい。
 燃やしそうになるのを抑えて、ごほんと咳払いをした。一緒に苛立ちも飛ばす。

「夕方には帰るのか」澄ました顔で訊く。
「はい、晩ごはんの時間までには」
「そうか」

 今日の晩ごはんの心配はなくなりそうだ。
 最近のカエデは、毎週金曜日の昼食後に、妹の黄樹のところへ顔を出すようになった。
 何もそんなに会いに行かなくともと言うと、「黄樹さまは赤樺さまよりも向上心があるお方ですから」と失礼極まりない答えが返ってきた。
 私にだって向上心ぐらいはある。うん。……こうじょうしん……。ある。うん。

「あ、おやつには、黄樹さま用に作ったクッキーの余りが戸棚にありますので、よかったら食べてくださいね」
「その『余り』という情報はいるのか?」
「重要事項です」
「お前もう早く行け」
「はーい」

 軽やかに玄関の扉を開ける猫にまた苛立ちながらも、彼女の姿が見えなくなるまでは見送ってやることにした。
 私がいることに安心したのか、カエデは扉を閉める前に、私ににっこりとほほ笑んで、

「いってきます」

 と言うので、

「……いってらっしゃい」

 と言ってやったら、満足そうにニャーと鳴いて彼女の耳としっぽがどこかに消え、静かに扉の閉まる音がした。

---------

 さて、どうしようか。

 扉の閉まった玄関で、私の頭はすぐにその議題について話し合っていた。
 カエデはさっきの話通り、夕方ごろには帰ってくるだろう。あいつは何か特別な理由でもない限り、向上心のある妹と楽しくおしゃべりするはずだ。
 なら、5時に帰ってくるとして――4時間はある。
 また、このマンションの一角に居候させてもらっているユーザが帰ってくるのは、大体7時ごろ。
 結論として、ひとりの時間はたくさんある。そう整理して私は次になにをして過ごすかの議題に移った。

 今日は何か面白いテレビはあったか。
 まだ途中だったマンガでも読もうか。
 それとも先に、クッキーでも食べてしまおうか。
 いや、けれど緑茶も飲みたいな。
 いろいろなことが頭に浮かび、消え、また違うことが浮かび、決めかけて、また違うものが出てくる。
 その作業を頭の中で繰り返しながら、私は玄関扉にくるりと背を向け、今度はリビングに続く扉に向かった。
 扉には長方形のすりガラスが付いているが、私はそこにぼんやりと映っている影など気にも留めなかった。
 だから、

「ごきげんようお姉様」

 という言葉と碧い姿に、開きかけていた扉を力強く閉めた。

「ちょ!? なんで即座に閉めるの!? お、お姉様ぁ!?」
「帰れ」
「せっかく会いに来た妹への第一声がそれってひどくない!?」
「帰れ」
「お願いだから話を聞いて!」

 目の前にある扉が無理やり開かれそうだったので、取っ手を両手で力強く引き応戦した。
 開かないとわかると、今度は扉を手の平で勢いよく叩いてくる。
 あまりにも強いので、たまに扉がみしみしと音を立てる。

「ええい、やめんか! 扉が壊れるだろう! 怒られるのは私なんだぞ!」
「そんなかっこ悪いこと言ってないで、開けてよお姉様!」
「帰れ」
「そんな言葉しか言ってくれないの!?」
「早く帰れ」
「そんな一言追加されても、まったく嬉しくないッ!」

 また扉がバンバン叩かれる。うるさい奴だ。本当に壊れたらどうしてくれる。家のものを壊したときのカエデは、いつもより数百倍は怖いのだぞ。
 というか、そもそもどうやって入ってきたのか。玄関の扉以外は、窓も何もかもすべて鍵は閉まっているはず。
 それになにより、ここはマンションの3階だ。空を飛べるタケなんとかでもないとここには来れないだろう。

「そんなの、実体のない私には関係ないことですわ」
「チッ」
「今舌打ちしたよね!? 今妹相手に舌打ちしたよね!?」
「気のせいだろう。早く帰れチッ」
「語尾みたいに舌打ちするのやめて!」

 こんな茶番をしている暇はない。もう「笑っていいかも」の時間だ。暇つぶしなら、そっちを見る方が断然楽しい。

「という訳で、早く帰れ」
「……最近、お姉様の愛が全く感じられない……」
「いや、もともとないだろ愛なんて」
「……お姉様、私そろそろ泣きそう」
「外で泣けよ」
「止めて!」

 バンッ、と叩く強さが上がった。そこらの妖怪より性質が悪い。
 うんざりしていると、かすかに扉の向こうから鼻をすする音が聞こえた。
 ……もしかして、本当に泣いているのか?こいつ。
 ……話題を変えよう。

「……碧葉、何をしに来たのかは知らんが、私にだって私の用があるのだ」
「…………お姉様の用ってなに?」
「寝る」
「私よりそんなことが大事なの!?」
「うん」
「…………」

 静かになった。
 何も聞こえない。
 ただ、すりガラス越しの青い影が、心なしかうなだれているように見えた。

 ……言い過ぎたかもしれない。

 こいつは正直面倒な奴だが、泣かれてしまうと強く出るのを躊躇してしまう。
 深めのため息を吐く。ひとりの時間を楽しみたかったが、この場合仕方ないだろう。

「……碧葉、開けるぞ」
「え?」

 言うや否や、私は扉を勢いよく向こう側に開いた。
 素早く口を開けた扉にも関わらず、碧い影はそれを透き通らせ、ただ丸い目でこちらをぽかんと見つめている。
 その頬は少し湿っており、深い青色の着物には丸い小さい影がぽつぽつと落ちている。

「……泣くな、それぐらいで」

 見てはいけないものを見てしまった、という風に目をそらす。

「べ、別に、泣いていたんじゃなくて。これは、そ、そう! 汗よ、汗!」
「神が汗を垂らすか」
「ううう……」

 やや瞳が潤んだ彼女を見て、ああいけないと空気を変えるために本日二度目の咳ばらいをした。

「……来い。一緒にクッキーでも食べよう」

 透き通る彼女を避け、リビングにある正方形のテーブルだけを見つめて言った。
 すると、後ろから華やかな声と雰囲気が一気に溢れて、

「はい、お姉様!」

 という元気な声が耳に届いたので、ついつられて、微笑してしまった。

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 私の隣に座ろうとする彼女を制して、念願のリモコンを手に取り、寝ているテレビを起こす。
 もうほとんど目的の番組は終わりの時間に近づいていたが、まぁそれでも構わないと、カエデが作った「余り」のクッキーを口に運ぶ。
 美味い。さっくりした食感のあとに、バターの味が口の中いっぱいに広がり、まさにバターの宝石箱とかなんとかテレビだったら言うだろう。
 あまりに美味いので手と口を交互に素早く動かしていたら、斜め前に座っている碧いのから視線を感じた。

「……なんだ」

 咀嚼していたクッキーを飲み込んで、さっきから私を睨みつけている妹に訊く。

「……それ、あの毛玉が作ったの?」クッキーを指さす。
「他に誰が作るんだ」
「……まぁ、そうよね」

 明らかに納得いかないような顔をするので、私は一時クッキーを手に取る作業をやめた。
 面倒くさい奴だ。

「……いい加減、カエデと仲直りしたらどうだ」
「それは無理。死んでも無理。たとえ地球が崩壊しようと、私があの毛玉と仲良くおしゃべりするなんて無理」

 何かと地球を崩壊させるところは同じだがな、と言うのを抑える。

「別に仲良くおしゃべりしろとは言っていないだろう。ただ、今より心を開けと」
「やだ!」
「や、やだって……」

 子どもかこいつは。
 黄樹のこと言えんぞ。

「それに、今はそんな毛玉のことなんてどうでもいいの! お姉様、もっと楽しいお話をしましょう。折角ふたりっきりなんだし」

 むしろ他の人の話をさせてくれ、と思うがそれも抑える。

「……楽しい話って、なんだ」
「そうねぇ。たとえば、この前私の信徒がパンツを」
「断る」
「え?なんで?これから面白くなるところなのに」

 どうして下着の名称が出てきて、面白い展開になるのだ。

「というか下品だぞ。神がパンツとか言うな」
「いや、お姉様だって今パンツって言ったし」
「今のは数に入らん。というか、そもそも言い出しっぺのお前がパンツと」
「言った! 今言ったわお姉様! 合計で2回もパンツって言った!」
「それを言うなら今お前だってパンツって言っただろう!」
「言った! 今お姉様パンツって言った!」
「だから!」

 言って気づく。なんて低俗な会話だ。もしカエデがそばにいたら、今頃かわいそうなものを見る目をしていた。
 そんなカエデの様子を想像して落ち込み、目の前で未だに下着の名称を連呼しているかわいそうな妹を見た。

「なっ、なに? お姉様。そんなに見つめて……」

 なぜ頬を染める。

「かわいそうな神様だな、お前……」

 その紅色を冷ましたくて茶化した。

「か、かわいそうって、そんなこと言ったらお姉様だって、」
「なんだ、私のほうがかわいそうだとでも言いたいのか」
「ああ、ううん、違うの。いや違わないけど、違うの」

 嘘が下手な神だ。
 いや、そもそも神が嘘を吐くのが上手いというのは、それはそれで問題がありそうだが。
 今日何度目かのため息を吐く。

 ―――ああ、そういえば。

 そして、今日何度目かの話題を変える作業に入った。

「碧葉。お前、何かしてほしいことはないか?」
「ふぇえ?」

 我ながら突拍子もないことを言ったせいで、目の前の妹が突拍子もない声を発した。

「え? な、なんで? どうしたのお姉様?」
「いや……」

 ただ話題を変えようと考えた時に、ふと思い出したのだ。
 いつかカエデに言われた言葉を。

 「平等に待遇が悪かったじゃないですか。誰が相手でも」

 そういえばそうだったか、と思う。
 今の生活に浸りすぎて、もはや忘れてしまうところだったが。
 私は昔、燃やすことしかできない、かわいそうな神様だったと。

 どんなに捧げものをしても、
 どんなに崇め奉ろうとしても、
 どんなに侮蔑しても、
 どんなに抗おうとしても、
 私は「炎」という無言の返答しか返せない、
 かわいそうな神様だった。

 だが今は違う。
 今の私は、「神様」というには小さすぎる存在だが、
 その分、ちゃんとした「返答」が持てるようになった。
 だから、少しぐらいは、今までの分を返してやろうかと。
 私はそこまで考えて、あの突拍子もない返答をした。

「……」

 まぁ。
 敢えて言うならば。
 この「待遇の悪い平等」を脱却すれば、碧葉も私に付きまとわなくなるかもしれない、という淡い期待がないということもない。

「……」

 当の碧葉というと、ただその小さな口をぽっかり開かせ、大きな目がくるりと丸くなっている。

「……碧葉?」

 名前を呼ぶと、ピクリと一瞬肩を震わせ、

「え? え? え? なに、本当にいいの? お姉様? え? 何、してほしいことって。何。え? え?」

 と言葉を嵐のように私に降らせる。
 その嵐を適当に避けながら腕組みをする。

「まぁ、限度はあるが。今の私にしてほしいことがあるなら、なんでも言え」

 我ながら大盤振る舞いだなぁとうんうん頷く。
 しかし当の碧色は顔を両手で包みひとりぶつぶつと何か言っている。

「そんな……急に……あ、でも今ならアレのチャンス……いやあんまりそっちに走るのも……でも……」

 唸って落ち込んだと思ったら頬を蒸気させたり、キャアキャア言ったりしている。見ていて面白い神である。まったく尊厳とかはないが。

「……決まったか?」
「待ってちょっと黙って! 今一生懸命考えてるんだから!」

 なぜ願いを聞く私のほうが怒られているんだ。
 まぁ、こいつをあまり怒らせると触手とか生えてくるし、とりあえず大人しくしているか……。少々不本意だが。

「……よしっ」

 両掌で拳を作り、意を決したように顔を上げる。

「……決まったか?」今度は怒らせないように優しく訊いた。
「お姉様、あの。……えー、あー、うーん。えっと……」

 言ったと思ったら顔を伏せ、ちらりと上目使いで見せるその表情はまたも紅色に染まっている。
 少しばかり身の危険を案じた。一体何を想像しているんだ。R-18二次創作企画じゃないんだぞ。

「あの……、あのね。あの……」

 目が行ったり来たりしている。こちらと目が合ったかと思うとすぐ下を向く。ああ、一体どんな願いを――
 ごくりと唾を飲み込むと向こうも同じように喉を鳴らした。

「あのね、」

 小さな薄い唇が、ゆっくりと動く。

「手、つなぎたい」

 沈黙した。

 目を丸くした。
 どこかでカラスが鳴いていた。
 近くでわははという笑い声が聞こえた。

 ―――ああ、そういえばテレビ点けっぱなしだったな。

 思考を再開していく。
 ゆっくりと、声を発しろと脳が命令する。

「ハァ?」

 硬直した口が発した声は本当に自分でも今まで聞いたことのないような間抜けな声だった。

「なっ、なに!? い、いいじゃないちょっとくらい別に!」
「い、いや、別に悪いとは言っていないが……。……え? そんなものか?」
「そ、そんなものってどんなものよ!? も、もしかして、人間のように欲にまみれた願いのほうがよかったの? そこまで落ちぶれちゃったの?」
「ち、違う! そうではなくてだな……。……え? というか、お前さっきまであんなに顔赤くしていたから……」
「あ、赤くなんてしてない!」

 そう言い放つ顔はすでに真っ赤だ。

「え……なんだこれ。これではまるで私が助平みたいじゃないか。どうしてくれる」
「わっ、私に言われても。お姉様が勝手に思ってただけじゃない」

 なんだかショックだ……。私がこんなことを考えていたなんて。カエデがいたらきっと今頃鼻で笑われている。
 というか、こいつどれだけ純粋なんだ……。あんな邪気にまみれているから、きっと何か踏んだりしているのだろうと思っていた私が馬鹿みたいだ燃やしたい。
 体育座りをして床に「の」の字を書く。かなり落ち込む。こんなに私の頭は下品なものになっていたのか……。嗚呼……、もういっそカエデに嗤われたい……。

「ちょ、ちょっとお姉様、大丈夫? なんでそんなに落ち込んでるの?」
「お前のせいだろう!」
「えええ!?」

 おっと、いけない。八つ当たりはさらに最悪だ。これ以上私が私を落としてどうする。
 ごほん、と本日三度目くらいの咳払いをする。同時に瞼も閉じてすべての情報を整理させる。

「……本当に、それだけでいいんだな?」

 ちらりと目を開けると、正面にいるきれいな碧葉は一瞬尻込みをしたがすぐにきっと目つきを変え、

「うん」

 と頷く声はこれ以上ないくらい凛々しいものだった。
 ただ顔は紅葉のように紅く染められているのであまり格好よくはない。

 相手が動揺していると、不思議とこちらは冷静になるようで、私は静かに碧葉に右手を差し出した。
 そっと、本当にそっと、彼女の左手が私の掌に当たる。
 手なんてあまりつないだことはないので、ここからどうすれないいのか皆目見当もつかない。
 が、この前カエデが見ていた恋愛ドラマのシーンを頭の隅から引っ張り込み、彼らがやっていたように目の前の碧いのにもやってやる。
 彼女が少しぴくりと手を震わせたが、構わず手を握る。
 ―――気のせいか、あたたかい。こいつ実体はないはずなのに。
 それともこの姿に私が長い間なっているせいで、どこか誤作動でも起きてしまったのだろうか。
 わからない。
 わからないが、―――まぁ、それでもいいかと思う。
 理屈は理由なんて、今はどうでもいい。ただ今は彼女の願いを叶えてやっていることだけに集中しよう。
 そう思ってまたちらりと目の前の妹を見る。

「……」

 赤い。
 これでもかと言うほど赤い。
 名前は「碧」でしかも髪の色まで碧のくせになんで顔はそんなに赤いんだ。というか赤は私のはずなんだが。
 もう紅葉なんて目ではない。ゆでだこ。そうゆでだこだ。それか唐辛子。トマト。熟れすぎたトマト。
 このまま頭から煙でも出てショートするんじゃないかと不安になるぐらい彼女の顔は真っ赤に染まっていた。

「……」

 どうしよう。

 私まで赤くなってきた。
 別に名前だって赤いのだから私が赤でもなんら不思議ではないのだがでもなんだあれだ恥ずかしい。
 まるで思春期の初恋のように私たちは手をつないでお互い顔を真っ赤にしていた。

「……な、なぁ碧葉。もういいか?」

 耐えかねて自らギブアップする。

「ッ、ま、待って! あともう、もう少しだけ!」

 言って手をぎゅっと握りしめるもんだから私もつられて「あ、ああ……」なんて言ってしまった。
 すると碧葉はほっとしたのか今まで見たこともない顔で微笑している。

 どうしよう。

 気づくと私のつないでいるほうの手は汗でじっとりとしていた。
 それを気にも留めてないのか碧葉はまだ優しく微笑んでいる。
 まるで思春期の初恋のように。

「……」

 どうしよう。

 耐えかねて私はその光景から目をそらして周りを見渡すことにした。
 棚、テーブル、クッキー、消し忘れてたテレビ、猫耳、扉、壁……。
 ……猫耳?

 嫌な考えが頭に一瞬で浮かんで私は目をその猫耳に合わせた。

 目が合った。
 扉の隙間から。
 黒髪長髪の猫耳女がこちらを見ていた。

 さーっと血の気が引く。

「かっ、かかかかっ、カエデ!?」

 名前を叫ぶと同時につないでいた手をさっと身体の後ろに隠す。
 碧葉は小さく「あっ」と言ってなぜかしょんぼりとした。

「赤樺さま……」

 静かに扉を開けた使い魔はまるで慈母にようなまなざしをしている。腹立たしい。

「お、お前っ、帰ってくるの早すぎじゃないか? 帰ってくるのは夕方だと……」
「今日はタイムセールがあることをすっかり忘れていたので、早めにお暇させてもらってスーパーで買い物してきたんですよ」

 そう言う彼女の話通り、両手には大きな袋を下げている。

「だ、だからって、な、あ、ど、どこから見てた?」
「何をです?」

 訊くかそこでこの猫!
 というか絶対わかってて訊いているだろうお前!

「わからないから訊いているのですけれど」
「ぐっ……」

 隣にいる碧葉はまだしょんぼりとしている。くっ、どこまできれいな碧葉でいるつもりだもう。
 もはや言うのは私しかいない。言いたくない。でも訊かれた以上答えなければ不自然だ。

「…………て」
「はい?」
「て、……手を、つないでいるところだ……」
「まるで思春期の初恋のようにですか?」
「燃やす!!」
「わぁ待ってください冗談ですよ赤樺さま」

 こいつに向かって隕石でも落ちてこないかいや落ちろ念じれば落ちるかもしれない落ちろ落ちろ。

「神が隕石に頼らないでください」
「神の心を読むな!」

 ニャーと鳴く目の前の猫が腹立たしくて灯油でもぶっかけてやろうかと思う。

「まぁあれですよ赤樺さま」手を合わせてにっぱりと笑う。
「……なんだ」
「たとえ同性でも、実体なくても、近親相姦でも、私はいつでも赤樺さまの味方ですので安心してくださいね」

 安心できるか!!
 またニャーと鳴く目の前の猫に灯油をぶっかけたあと火をつけて燃やしてやろうかと思う。

「と、というか別に、私たちはそういう関係ではない」
「遊びですか」
「遊びの関係でもない!」

 今度はニャーと鳴いてくるくる回っている猫の耳を掴んで3階の窓から落としてやろうかと思う。

 もうだめだ。碧葉に誤解を解いてもらおう。
 このままでは私の胃に穴があいてしまう。

「……おい碧葉」

 呼びかけてもまだしょんぼりとしているので、仕方なく肩をつかんで揺すろうとする。
 彼女の肩に手を置く。

「お、」
「きゃあ!?」

 まだ何も言っていないのに叫ばれてしまった。
 わけがわからないまま手を振り払われる。

「……え?」
「お、お、お姉様!? ま、まさかそんな、」
「……な、なんだ?」
「押し倒そうとするなんて!」

 めまいがした。

「おい……碧葉……」
「ま、まだダメですわお姉様! そんな、もう少し段取りというものがあって、こう」
「落ち着け碧葉! お前さっき『人間のように欲にまみれた願い』とか軽蔑していただろ! そのお前がそんなこと言ってどうする!」
「ああ、でもお姉様なら別に……。いや、けれどこんな身体ではきっと……。というかそもそも人間の身体とは……」
「頼むから神の話を聞いてくれ!」

 また慈母のようなまなざしで私たちを見ている猫のしっぽを燃やしてやろうかと思う。
 目の前の碧色は頬を染めながら何か言っている。

「大丈夫ですよ赤樺さま。私なんていないと思ってどうぞ続けてください」
「お姉様、まずは文通から始めましょう!」
「……」

 ああ……。
 ユーザ早く帰ってこないかなぁ……。

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「……」
「……なんだか賑やかそうね、赤樺お姉様たち……」
「……」
「……混ざろうとは思わないけれど」